こんにちは!
花粉症かと思いきや、寒暖の差にやられてどーも風邪くさいkoukiです!
今日はたばこの歴史、メリットデメリットに引き続き、たばこを吸いたくなくなるようなツマラナイ話を続けて行きましょう。
前回の記事はこちら。
もくじ
たばこを吸うようになった理由
あなたがたばこを吸うようになった理由は何ですか?
たばこにはドラマがあります。
友人とたばこを燻らせながら笑い語りあった夜。
悔しくて悔しくて空に消えるたばこの煙を眺めながら拳を握りしめたあの日。
国士無双をテンパった興奮を抑えるため、努めて落ち着いて火をつけた早朝。
それぞれに、たばこが関わる物語がありますよね。
そんなたばこにまつわる物語があるのと同時に、たばこを吸わない人にも物語があります。
つまり、たばこがなくとも物語は作られるのです。
私は今たばこを吸いません。
しかし、吸えと言われれば吸えます。
吸い方を知っているし、ニコチンの良い効能を理解しているからです。
しかし、今吸うとなんせ味がまずく、オエっとなるのです。
更に、タールの毒感を感じるので、体に良くないと思いながら吸うことになります。
そういうたばこは精神衛生上、良くありません。
どうせ吸うならば、「自分自身に良い効能がある、そのために吸っているんだ」という気持ちでなくてはなりません。
吸いたくないけど、辞められないから仕方なく吸っているのでは、身体よりもまず気持ちの部分で不健康です。
私がたばこを吸い始めた理由は友人関係にあります。
先に言ったとおり、私はもともと嫌煙家でした。
親が部屋でたばこをふかしていることに、空気が汚れるし匂いも好きではないので、家族団らんの時間でも部屋を離れることすらありました。
そんな私がたばこを始めたきっかけは、たばこを吸う友人が周りにいたことです。
当時たばこを吸える友人は大人のように思えました。
あんなまずくて臭く、かつお金がかかり、買うのに勇気がいるようなものを持ち歩いて吸うことは大人であると。
そして、ワルい感じがするのです。
思春期ではちょっとワルいことは刺激であり、人の面白みであり、深さを感じさせるものです。
友人にそれを見せてワルい奴だなと思わせることは、つまりは自分に酔うことであり、自己顕示欲の一つであるといえます。
そんな流れで大嫌いだったたばこを、私は自己顕示欲で克服して吸い始めることになったのです。
当初は友人から分け与えられた分しか吸いませんでした。
私の頃には既にニコチン0.1mg、タール1mgのフロンティアというたばこが出回っていて、吸った瞬間にむせかえるようなマイルドセブンやマルボロよりも、たばこの入口は広かったのです。
フロンティアというたばこは初心者でも吸うことができ、吸っているうちにだんだんと煙の匂いにも慣れてくると、緩やかな意識変容の感覚や、味自体がうまいという感覚もわかるようになってきました。
そこまでくると、一人でいる時間にもたばこを吸うために自分でたばこを買うようになるのです。
まだ1箱200円程度でしたからお小遣いで買えない額ではありませんし、吸う本数も一日1本程度でしたので、月で考えればお菓子を買うような金額でした。
肉体的依存、精神的依存に気付きました・・・
自分でたばこを買うようになれば、既に肉体的な依存が完成していたといえるかもしれません。
ですが、1日1本。
友人と居る時には数本。
本数にすれば大したことありません。
私、当時思ってました。
この程度ならばやめようと思えばいつでも止められる、と。
あなたがたばこを吸っているならば、間違いなくこの感覚、わかるはずです。
・・・ですがその状態でやめれないから、それから何年も、何十年も吸うことになってしまうわけです。
少したばこの成分について触れておきます。
たばこはおおまかにニコチンとタールです。
ニコチン単体の効果は認知機能を向上させ、心拍数を上げる効果があり、いわゆる気持ちを上げる効果があります。
タールはニコチンを肺まで運ぶ効果があり、粘着物質のため、物理的な免疫向上効果がありますが、いわゆる発がん物質であり、これがたばこが毒であるといわれる代表です。
一酸化炭素についてはここでは割愛でします。
この中で精神作用があるニコチンを求めて、人はたばこを吸うのですが、常にその感覚を求めてたばこを吸いつづけ、喫煙家になるわけではないのです。
どちらかというと、その効能を求めると同時に、その場面ではたばこを吸う、という習慣に支配されていきます。
つまり、吸わなくても満足できているのに、その場面になると吸ってしまうという状態になり、どんどんと本数が増え、立派な喫煙者が完成するのです。
私はこれに気付き、
なんかくやしい!気持ちよくたばこをすっているつもりが、惰性でやってるのか!
当初は流されて吸い始め、その後は自分で選択して、自分の好きにやっていると思っていたのに、やらされている感がどんどん出てきました。
運動もそこそこでき、健康的な生活を送っているのに、たばこだけは見えない力にやらされていて、自分自身でコントロールできていない!
どんな健康法をやるよりも、
真っ先にタールや一酸化炭素という明らかに体に害があるたばこをやめるのが一番の健康法だろ!
何十年もかかって、やっとこの考えに到達するのです。
簡単にはやめられませんよ・・・たばこって、奴はぁ…
私がたばこをやめたいと思ったのは、当然のことながら先ほどの理由だけではありません。
それ以前に、たばこにまつわる嫌な思いを何度も繰り返したのです。
一つ目は、異性に煙たがられることです。
私は男性なので男性側の話で進めますが、たばこを吸わない男性が好きだ、という女性はいても、たばこを吸う男性が好きだという女性はほぼ存在しません。
今時、10代のヤンキー少女でも彼氏のたばこをやめさせることが、良くも悪くも『彼女』という存在意義だと考えている時代です。
ましてや20代、30代では『結婚したい相手は非喫煙者』と、項目の上位に上がるような好かれないポイントです。
唯一、喫煙者でも許してくれる女性は、その女性自身が喫煙者であるという女性のみです。
但し、これは自分が吸っているたばこをとやかく言われたくないから、という利害関係がある場合のみです。
そのくせ男性側は女性が喫煙していることについては利害関係上許しているものの、本当はクリーンな息を吐く女性がよいと考えているのです。
話がそれそうなので、元に戻しますが、つまりは異性にはたばこを求めることはない、ということです。
二つ目は、たばこを吸いたくて、ほんのちょっとの時間で、吸えない場所でも無理やり吸うことです。
今は仕事中にたばこを吸うことをサボっているとみなす会社も多いですよね。
ですから、抜け出してたばこを吸う行為に罪悪感があります。
私は新婚旅行でイタリアに行きました。
外国、特に欧米では結構な禁煙モードで、ことごとくたばこが吸えません。
ホテルについてもたばこを吸う場所はない、ならば自室で窓を開けて吸おうと考え、窓から体を出して吸っていました。
すると!
突然、ノックもなしにキング牧師のような黒人のホテルマンが入ってきて、英語で何かを言ってきました。
私は心臓が飛び出るほど驚きました。
なぜなら窓を開けているとはいえ、禁煙部屋でたばこを吸っていたからです。
当初、たばこを吸っていたことがバレて注意しに飛び込んできたのだと思ったのです。
考えてみてください。
新婚旅行で行くような高級な外国のホテルで、禁煙場所での喫煙がバレたかもしれないという状況を!!
高校のトイレでたばこを吸っているのがバレそうになる状況と全く一緒!!!
やばい!叱られるっっっ!!
私はそんな思考から、突然入ってきたことに対し、怒ることもできず、慌ててたばこを持っている手を窓の外に出し、ほとんど話せない英語で一生懸命、何をしに入ってきたのかと聞こうと喋りましたが、30秒ほど会話をした後、私は叱られることなく、キング牧師は埒があかないといった様子で出て行きました。
結局、キング牧師が何をしにきたのか分かりませんが、ノックもなしに突然宿泊者の部屋に入ってくるキング牧師は本来ならば咎められる立場です。
私は禁煙場所でたばこを吸っていたやましい気持ちから、突然入室したキング牧師に怒ることすら出来ず、そしてなにより英語が理解できず、かつ話したことが通じていないことで、鬱々とした気持ちになりました。
禁止場所でたばこを吸うことは、ほとんどの場合、犯罪ではないかもしれません。
ですが、結果的にこのようにコソコソとした思考になるということです。
つまりは、これからも喫煙する人は、更にこういった場面が増えるということです。
まとめ
たばこに関するエピソードトークは腐るほどあります。
良い時、悪い時、圧倒的に悪い思い出の方が多いですけどね。
まだまだたばこ記事は続けます。
禁煙のススメは私の懺悔と反省の記事でもありますので、興味があれば引き続きお付き合い下さいね。